当時の新聞(1978年12月23日の佐賀新聞の記事より)
| 東松浦郡厳木町平之、厳木小学校平之分校(堀田速雄校長)の子供たちは、このほど住民の提供による実習田でつくった米でもちつきを楽しんだ。 同分校は本校から四キロ離れた作礼山の中腹(四六〇メートル)にあり、一年生から四年生までの十七人。ことし六月、社会科の野外教育として、分校近くの農業毛利正治さん(四八)方で「しろかき」を見学した。 質問攻めにあった毛利さんは担任の重松隆教諭に「口でいうより体験させた方がよくわかる」と一アールを実習田に提供した。田植えの機械化で、手植えをしたことのなかった山の子供たちは大喜び。泥まみれになって田植えをした苗の条ごとに名前入りの標札を立てるほど。 施肥、除草、農薬散布は毛利さんが引き受け、稲刈り、脱穀、もみすりは子供たちも小さな手伝いをしたが、毛利さんがとれたもち米十五キロを分校に持参して、この日のもちつき大会となった。 父兄の協力で、キネやウスが集められグラウンドでついた。もちをまるめたり、全員で大はしゃぎ。分校PTAでは、子供たちがこんなに喜ぶならと、運動会と並ぶ学校の行事にして来年からもやっていくことになった。 |